今日のコーデは私の奄美ドラマ満載

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「長寿の島 100歳の大島紬」
私は、シマの生き方を、また暮らしを、喜びや悲しみを、祈りを・・・2000年から撮り続けてきました。
ハマっ子の私が奄美に惹かれたのは、きっと全てが原初的で、普遍的な世界と、奄美群島が持つ計り知れないパワー、生命力だったと思います。

自身の表現の世界はもちろんです。

奄美群島は、私の暮らしや感情をあたたかく包み、時に色あざやかにしてくれます。
いまも、こうして、島とかかわりつづけているのは、そう言った感覚があるからだとおもいます。

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この古の大島紬のように、しっくりと、身体にまとわりつくような絹の手触り、自然界の恵みとも言える天然の染色。泥・藍染で小柄の着物はかつての奄美を象徴しています。伝統の龍郷柄よりも古の着物は当時のシマを感じさせてくれます。

写真家として…100歳の生き神様に出逢い、学びたいという取材や撮影の日々。
その出逢いの中で、シマの母や父に、この大島紬を引き継ぎました。

この着物は「母の母が織り、母が着ていた。それから受け継いだ着物だから、、、きっと着物が100歳かもね。順子さんが着てね」そんな話を家族のみなさんとしました。
何度も何度も洗い、着慣れた絹の、大島紬の柔らかさは、他の絹織物と比べることができないほどです。これは、触ってみないと感じてもらえないと思います

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この羽織は「着ないからきるか?!」じいちゃんは、女の私に、男物の羽織と着物をくれました。もともと身体も大きく男っぽい私ですから・・・似合うと思ったのでしょう。

私が最初に受け継いた着物たちです。

いくつもの瞬間の出逢い。
つかの間であっても、出逢いは必然におもわれました。
私がお会いした、島々のアンマやジュはわたくしを娘のように、おもってくれました。
老人ホームをまわり、撮影している時には「もう一度母に大島紬を着せたいけれど、寝たきりで着せられない。私も着れないからもったいない」など、みなさんからたくさん思いを引き継ぎました。
 
奄美の人にとって、いや日本人であれば着物を持っている全ての人の思いは同じだと感じました。その大切さは、着物は着る物で、地球という大自然から命をうけ、絹は私達に糸として、様々な行き方や価値観をおしえてくれていると、学びました。
 
そこで、お下がり着物を後世に伝えたいと思った事を今でも忘れていません。

私の大島紬ドラマは4つ。

  1. シマの方々から受け継いだ「譲る」お下がり着物
  2. 奄美で糸を育て、染め、織る新たな大島紬
  3. 代々受け継がれた技法で織る伝統の大島紬
  4. 私が染め、考案し、デザインする大島紬

母から受け継ぐ大島紬は、私のドラマにはありませんでしたが、幸い、受け継ぐ文化や環境に無かったことが幸いしているように思います。
だからこそ、大切さが、解るという点もありますよね。

奄美群島の島々のお母さん、着物を着なくなった仲間、まだまだ着れる着物ばかりです。

大島紬を伝承する会として…
大島紬普及、産地応援、引き受けた大島紬のドラマを伝えてゆきたいと思います。
そして糸、シルクロード、開港の街「横濱」から
横濱らしいやり方で、みなさんへ「譲る」\(^o^)活動もしてゆきます。
 
タンスにしまってある、着ない着物
着れない着物も、おはしょりをその方の寸法に合わせ仕立て
簡単に5分で着れる着物式部を考案しました。
2部式仕立ての奄美式部。切らないでおはしょりを作る弥生仕立て
帯も仕立て直しで簡単に着る事が出来ます。
 
旧暦から新暦になったように、時代にあわせ、形を取り入れて、従来の魅力も深化させ、ファッションとして、キモノをこれからも着るモノとして伝えてゆきたいと思います。

私たちのトネヤの「纏う」活動です。
 

次回イベントのお知らせ

5/7日~11日 5日間
写真家 山中順子の横浜キモノ「奄美ののものがたり」展
奄美大島紬、奄美染めストール、
アマミコの羽衣、
横濱キモノ
物産:長寿のシマの「さしすせそ」

場所:関内ホール プロムナード
   「横濱工房」
日程:5/7日~11日(9.10.11の3日間 馬車道マルシェ開催)
時間:11:00~18:00 終日
アクセス:JR関内北口下車5分
     みなとみらい線 馬車道下車5分

Address:横浜市中区住吉町4-42-1関内ホール1階3号
Tel:045-227-8226
HP:http://yokohamakobo.jimdo.com/